スズキ軽自動車用4サイクルエンジンの
開発を遅らせることになった「EPIC」
1972年秋のモーターショウ
社内報 No.110(1972年12月)より引用
画期的な排気ガス浄化装置
スズキ・エピックエンジン開発される
最近、わが国で大きな社会問題としてクローズアップされているのが公害問題です。これはわが国だけの現象ではなく、世界的な傾向です。
一般に工場の煙突から出る煙の中の有毒成分や、また自動車から排出される排気ガスに含まれる有毒成分が大気汚染をもたらし、人々の健康に影響を与える原因であるといわれ、とくに自動車の排気ガスは光化学スモッグの主原因と考えられています。
アメリカでは、マスキ一法という大気浄化法ができ、一九七五年(昭和五〇年)から自動車の排気ガスを規制することになりました。わが国でもこれにならって、日本版マスキー法ともいうべき大気汚染防止注が昭和五〇年から効力を発します。これによって、各メーカーとも排気ガス対策にいっそう力を注がねぼならなくなったわけです。当社ではこの時期にまさにタイムリーともいうべき画期的なEPIC(エピツク)エンジンという低公害エンジンを開発しました。
そこで編集室では、このEPICエンジンがどのようにして生まれたのか、そしてまたどんなエンジンなのか、さらには排気ガス規制に対し具体的にどのような効果があるのかを開発部の○○主査にうかがってみました。
Q まず最初に問題になっている自動車の排気ガスの中にはどんな成分が含まれており、具体的にどの成分が規制されようとしているのですか?
。
A 排気ガスの中には、一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOX)、窒素(N2)、炭酸ガス(CO2)、水(H2O)等が含まれていますが、そのうち一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物は有毒ガスであるため、これを一定量以上排出してはいけないというように規制しようとしているわけです。
それではまず、当社が開発したEPICエンジンがどのくらい優秀なものであるか、非常にきびしい規制といわれるマスキー法規制値と次ページの表(省略)で比較してみてください。
Q なるほど、すばらしいエンジンですね。一口にいってどんなエンジンですか?。
A 2サイクルエンジンの特性をうまく利用して、エンジン機構の中に排気方ス浄化システムを組み込んだ低公害エンジンです。
Q 2サイクルエンジンの特性というのは具体的にいってどんなものですか。
A 次ページの表(省略)を見ていただいてもわかるように、2サイクルの特徴の一つに4サイクルに比べてNOXが少なく、反対にHCが多く排出される(COはほとんど同じ)という点があります。NOXは浄化装置をつけなくても一九七五年のマスキー法規制値をパスするほど非常に少ないので、HCとCOを少なくすることに対策の重点をおけばいいわけです。
Q そのHCとCOの浄化対策として考えられたのが、今度のEPICシステムというわけですね。
A そのとおりです。2サイクルの場合、このHCとCOが多いのは、2サイクルエンジンの構造上、燃料が完全然焼せず一部生ガスのまま排出されるからです。ではどうすればよいかというと、HCとCOを減らすにはこれらを燃やしてやればよいということはわかっていたのですが、ただ「いつ」「どこで」燃やすかが排気ガス対策のポイントであったわけです。
結局、当社では排気孔が閉じた直後に排気孔のところで点火・燃焼させる方式「スズキEPICシステム」を開発したのですが、出力の低下を最少限におさえるということもあって、エンジンの外部で燃やすようにしたわけです。この方式は、機構としては実に単純ですが、燃焼場所とタイミングが優れているため、完全に近い浄化力を持っています。
結局、この「いつ」「どこで」燃焼させるかが「スズキEPICシステム」の基本特許となっています。EPICエンジンの浄化装置は別掲の図をご覧ください。
Q 「いつ」「どこで」燃焼させるかという点について、「排気孔が閉じた直後」「排気孔のところで」という結論が出るまでの過程について、もっと具体的に説明してください。
A 2サイクルにはHCが多いというのは いま説明したように、吸気の一部がどうしても排気管中に吹き抜けてしまうからです。つまり、吹き抜けガスの中に、HCが燃焼されずに残っているからなのです。
ではこれを燃やすには「いつ」「どこで」燃やすのが一番よいか、いろいろ研究した結果、排気孔が閉じた瞬間がHCの濃度が最高で、しかもシリンダー璧に近い位置にその高い濃度のHCがまとまって滞留しているということをつきとめたのです。
いうならば、取り除きたいHCがちょうどまとまっている状態をとらえて、まとめて燃やしてしまおうというわけです。
つまり、HCがバラバラにならずに一個所にまとまっているときをねらって、プラグで点火してやるのがHC退治に最も効果があるわけです。
今まで一般に考えられてきた対策は、HCなどの可燃成分が拡散してしまった後の排気ガスを、熱交換などによって高温にして点火させる、いわゆるアフターバーナー方式です。しかしその高温をいかにして作り出すかが困難なため、この方式は難点があるとされています。
Q HCについてはわかりましたが、COはどうやってきれいにするのですか?。
A その点も、実は優れた着眼によってみごとに解決されています。
というのは、COは酸素(O)不足による不完全燃焼ガスですから、高温にして酸素(空気)を加えてやれば、炭酸ガス(CO2)になって浄化されます。
幸いなことに、HCを燃やすと熱が発生しますので、そこへ空気を送り込んでやれば、その熱によって排気管の中のCOがCO2へと酸化されてしまうのです。
Q なるほど、すばらしい着眼点ですね。その着眼点にもとづいて研究開発を進められたと思いますが、このEPICを開発するにあたり、どういった点に一番苦心されましたか?。
A 最も苦心した点はやはり安全性の確保です。すなわち、排気処理した場合熱が出るので、その点の安全性と、それからエンジンの異常が起こった場合の安全性です。
また、材質の面においても安全性を重点にした材料を使ってきましたが、今後の課題としては耐久性あるいは安く生産できるようにコスト的な面(経済性)での配慮が必要です。
Q 今までお話いただいた内容からだいたい理解できますが、ここでEPICエンジンにはどのような特徴があるのかまとめてください。
A EPICエンジンの特徴は大きく分けて五つです。
まず第一は、あらゆる運転条件の排気ガス流量、組成の変化に対して、順応性をもっていることです。つまり、どんな運転条件の変化があっても、そしてそれによって排気方スの状態に変化があっても、EPICシステムは正常な機能を果たすということです。
第二は、エンジン出力の低下がほとんどないということです。エンジンの排気孔を閉じた後に点火燃焼させるので、エンジン内部の出力源には手を加えていませんし、排気管(マフラー)系の機能もそこなわれないのです。
第三は機構が簡単なことです。
第四はエンジン始動後、EPICシステムが作動するまでの時間が短いことです。つまりエンジンをかけたらすぐ、自動的に装置が働いて、排気ガス中の有害成分をきれいにしはじめます。
第五は二次公害の心配がありません。これはEPICシステムによる新たな公害が発生しないということです。
Q ところで、EPICという言葉の由来とでもいいますか、EPICの言葉をわかりやすく説明してください。
A エキゾーストポート(排気孔)のところで点火して浄化するということで、エキゾーストのE、ポートのPとイグニッション(点火)のT、それにクリーナーのCをとってEPICとなったわけです
(注)EPIC=EXHAUST PORT IGNITION CLEANER(排気孔点火浄化装置)
Q 最後に特許出席状況についてお話ください。
A EPICシステムは昭和四十二年(1967)ごろ考えつき、昭和四十五年(1970)に特許確定となりました。
国内をはじめアメリカ、イギリス、ドイツなど先進欧米諸国に基本特許が確定したのです。周辺技術を含めたパテントは合計五十三件出願ずみです。
1973年秋のモーターショウ
Menu へ