尚、参考に「1964年のTTレ−スの全スケジュ−ル」を下表に示す。
1966年の公式練習スケジュ−ル(出場した50・125のみを記載)
月日 曜日 AM 5.45.〜7.00. PM 14.30.〜16.45. PM 18.00.〜19.45.
8月22日 125 . 125
8月23日 50 & 125 . 125
8月24日 125 . .
8月25日 . 50 & 125 .
8月26日 . . 50 & 125
8月27日 . . .
参考:【1964年のTTレ−ススケジュ−ル】
レ−ス当日のスケジュ−ル
月日 曜日 クラス シグナル 時刻 項目
6月8日 Side Car 1st AM 10.00. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd AM 10.30. ウオ−ミングアップ開始
3rd AM 10.45. スタ−トラインに整列
4th AM 10.55. スタ−ト 5分前のシグナル
. AM 11.00. Side Car クラスのレ−ススタ−ト
250cc 1st PM 12.30. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd PM 13.00. ウオ−ミングアップ開始
3rd PM 13.15. スタ−トラインに整列
4th PM 13.25. スタ−ト 5分前のシグナル
. PM 13.30. 250cc クラスのレ−ススタ−ト
6月10日 125cc 1st AM 10.00. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd AM 10.30. ウオ−ミングアップ開始
3rd AM 10.45. スタ−トラインに整列
4th AM 10.55. スタ−ト 5分前のシグナル
. AM 11.00. 125cc クラスのレ−ススタ−ト
350cc 1st PM 12.30. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd PM 13.00. ウオ−ミングアップ開始
3rd PM 13.15. スタ−トラインに整列
4th PM 13.25. スタ−ト 5分前のシグナル
. PM 13.30. 350cc クラスのレ−ススタ−ト
6月12日 50cc 1st AM 10.00. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd AM 10.30. ウオ−ミングアップ開始
3rd AM 10.45. スタ−トラインに整列
4th AM 10.55. スタ−ト 5分前のシグナル
. AM 11.00. 50cc クラスのレ−ススタ−ト
500cc 1st PM 12.30. 格納テントよりマシン持ち出し
2nd PM 13.00. ウオ−ミングアップ開始
3rd PM 13.15. スタ−トラインに整列
4th PM 13.25. スタ−ト 5分前のシグナル
. PM 13.30. 500cc クラスのレ−ススタ−ト
車検スケジュ−ル
月日 曜日 車検クラス 時刻
6月7日 250 & Side Car 車検・テントに格納 AM 10.00.〜
6月9日 125 & 250 車検・テントに格納 AM 9.00.〜
6月11日 50 & 500 車検・テントに格納 AM 9.00.〜
クラス別公式練習の回数
クラス 回数
50cc 3
125cc 5
250cc 5
350cc 7
500cc 7
Side Car 4
公式練習スケジュ−ル
月日 曜日 AM 4.45.〜6.30. PM 14.40.〜16.30. PM 18.30.〜20.00.
5月30日 50 以外のSolo
5月31日
6月1日 350 & 500 50 & 125 & 250
6月2日 350 & 500 Side Car
6月3日 50 & 125 & 250 Side Car
6月4日 Side Car 350 & 500
6月5日 50 以外のSolo Side Car & 50
6月6日 50 以外のSolo 350 & 500
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 TTレ−スは公道を使用して行われることもあり、公式練習は殆ど朝と夜に行われる。「朝は4時45分から6時30分」「夜は18時30分から20時」である。マン島の緯度は「北緯54度よりやや北」で、サハリン(旧樺太)の最北端、カムチャッカ半島の中央部の緯度である。「地球の自転軸の傾きは23度44分」であるから、「白夜」となる北極圏は66度16分以北であり、これよりは12度ほど南ではあるが、TTレ−スの開催される6月のマン島の日照時間は長い。夜10時でも外で新聞が読める明るさだった記憶である。子供たちは、太陽が高くても時間が来れば眠りに着くようだ。マン島の冬は知らないが、当然日照時間は数時間しかなく、暗い中を登下校することになるのだろう。
 私は、1960・1962・1964・1966年の4回、TTレ−スに参加したが、1966年は「海員スト」のため、TTレ−スは例年の6月には開催出来ず、8月下旬〜9月上旬にかけて開催された。6月に比べれば当然日照時間は短くなっており、公式練習時間は、「朝は5時45分から7時」 、「夜は18時から19時45分」と例年より変更された。
 マン島より緯度が北方でのレ−スとしては、フィンランドGPに1963年Tampere(8月末〜9月上旬)、1966年Imatra(8月上旬)に出掛けた。どちらも北緯60度前後で、マン島より6度ほど高緯度ではあるが、時期的なこともあり、マン島より日照時間が長かったという印象はない。因みに北緯60度というとアラスカのアンカレッジあたりである。(或るホ−ムペ−ジにTampereの6月14日の日の出は3時43分、日の入りは23時08分とと記載されていた。夏至より10日ほど前である。)

 下表は、「海員スト」で開催が遅れた1966年の公式練習スケジュ−ルである(スズキが出場した50・125ccクラスのみを記載)。この日程を見れば想像いただけると思いますが、最初の3日間は、メカニックは寝る暇などない「殺人的な公式練習日程」である。1964・1965年は250ccも出場し、3機種だったため、尚更 大変だった。
北緯54度のマン島(早朝・夜の公式練習)